はじめに

定年退職後の不安というと、まずお金の話になりがちです。

年金はいくらもらえるのか。
貯金は足りるのか。
退職金はどれくらい残るのか。
再雇用で働けるのか。
何歳まで仕事を続けるのか。

もちろん、お金は大事です。

きれいごとではなく、老後の生活にお金の不安はついて回ります。

ただ、私はそれと同じくらい、場合によってはそれ以上に怖いものがあると思っています。

それは、生活が崩れていくことです。

朝起きる時間がずれる。
外に出る理由がなくなる。
人と話す機会が減る。
何をしたのか分からないまま、一日が終わる。

こういう日が続くと、人はじわじわ弱っていくのではないかと思います。

定年退職後にしんどくなる人は、お金の問題だけで苦しくなるのではありません。

それまで仕事が支えてくれていた毎日の骨組みが、少しずつ薄くなっていく。

本当に怖いのは、そこなのかもしれません。

定年退職後の不安は、お金だけではない

定年退職後の話になると、多くの場合、お金の話から始まります。

年金。
貯金。
退職金。
再雇用。
医療費。
介護費用。

どれも大事です。

むしろ、避けて通れない話です。

ただ、実際の暮らしを考えると、不安はお金だけではありません。

仕事をしている間は、良くも悪くも一日の流れがあります。

朝、決まった時間に起きる。
着替える。
家を出る。
職場に行く。
人と話す。
やるべきことをやる。
疲れて帰る。

その繰り返しが、知らないうちに生活を支えています。

仕事が好きかどうかは別です。

会社に不満があった人もいると思います。
人間関係に疲れた人もいると思います。
早く辞めたいと思いながら働いてきた人もいると思います。

それでも、仕事には毎日のリズムをつくる力があります。

定年退職で仕事を離れると、そのリズムが一気になくなります。

最初は楽かもしれません。

朝に追われない。
通勤しなくていい。
嫌な会議もない。
職場の人間関係からも離れられる。

それは確かに、解放感があります。

でも、その状態が毎日続くと、少しずつ話が変わってきます。

今日は何時に起きてもいい。
どこにも行かなくていい。
誰とも話さなくてもいい。
何もしなくても、一日は終わる。

この自由は、最初は楽でも、だんだん重くなることがあります。

人は「暇」より「張りのなさ」に弱る

定年後は時間ができます。

周りからは、

「ゆっくりできていいですね」

と言われることもあるかもしれません。

たしかに、忙しすぎる毎日から解放されるのは良いことです。

長年働いてきた人なら、ゆっくり休む時間も必要です。

ただ、問題は「時間があること」そのものではありません。

問題は、その時間に張りがなくなることだと思います。

人は、ただ暇だから苦しくなるのではないと思います。

暇な時間の中で、毎日に輪郭がなくなるから苦しくなる。

今日はこれをした。
明日はこれをする。
来週はここに行く。
少しずつでも、何かが積み上がっている。

こういう感覚があるだけで、人は意外と踏ん張れます。

逆に、昨日も今日も明日も同じように感じてくると、心は少しずつ弱っていきます。

何か大きな事件が起きるわけではありません。

ただ、朝が遅くなる。
外に出なくなる。
会話が減る。
体を動かさなくなる。
何となく気分が重くなる。

そうやって、静かに生活がぼやけていく。

定年退職後に怖いのは、この静かな崩れ方ではないでしょうか。

生活が崩れるときは、案外地味に始まる

生活が崩れると言っても、最初から大きく乱れるわけではありません。

多くは、かなり地味なところから始まると思います。

朝、起きる時間が決まらなくなる。
顔は洗うけれど、着替えない。
昼まで家にいる。
そのまま外に出ない。
テレビをつけっぱなしにする。
スマホをなんとなく見続ける。
新聞や本を読まなくなる。
人と話すのは家族だけになる。
再就職が気になるけれど、調べるだけで終わる。
何か始めようと思っても、明日でいいかと思う。
夕方になると、妙に空しくなる。

そして人によっては、気分転換のつもりで酒の量が少しずつ増えることもあるかもしれません。

ここで大事なのは、これを「だらしない」で片づけないことです。

私は、そういう言い方は少し違うと思っています。

これは、本人の根性がないから起きるというより、生活の骨組みを失ったあとに起きやすい自然な崩れ方だと思うからです。

現役で働いていたときは、嫌でも毎日に区切りがありました。

でも定年後は、自分で区切りを作らないと、一日は驚くほど簡単にぼやけます。

だからこそ、定年退職後に必要なのは、気合いや根性より先に、生活を支える柱なのだと思います。

私が資格を取り続けてきた理由

私はこれまで、社会保険労務士、宅地建物取引士、FP2級など、いくつかの資格を取ってきました。

こう書くと、

「もともと勉強が得意だったんでしょう」

と思われるかもしれません。

でも、実際はそんなことはありません。

私はむしろ不器用なほうです。

何でも人より時間がかかる。
最短距離で結果を出せるタイプではない。
器用に立ち回ってきた人間でもありません。

私は高卒ですが、ここで学歴の話をしたいわけではありません。

今の定年退職世代には、高卒の方も多いと思います。

そして、昔の高卒には、会社や現場を支えてきた優秀な方が本当にたくさんいたと思います。

だから、学歴で人を分けたいわけではありません。

ただ、自分は比較的若く、周囲に大卒が多い時代の中で働いてきた高卒です。

だからこそ、ずっと気になっていたことがありました。

会社の看板を外したとき、自分には何が残るのか。

この不安は、私の中でかなり大きかったです。

会社にいる間は、会社名や肩書が自分を守ってくれる部分があります。

でも、会社を離れたらどうなるのか。

そのとき、自分の手元に何が残るのか。

そう考えたとき、私にとって一つの柱になったのが資格でした。

資格を取れば、人生が魔法みたいに変わる。

そんなことはありません。

社労士に受かったからといって、急に別人になれたわけではありません。
宅建を取ったからといって、不安が全部消えたわけでもありません。

それでも、意味はありました。

昨日と今日が、まったく同じではないと思える。
少しでも積み上がっている感覚がある。
会社以外にも、自分の手元に残るものがある。

たぶん私は、それがほしかったのだと思います。

定年退職後、資格があっても再就職は簡単ではない

ここは、正直に書いておきたいところです。

定年退職後に資格を取ったとしても、それだけで再就職が簡単に決まるわけではありません。

年齢の壁はあります。
希望する仕事がすぐ見つかるとも限りません。
資格があっても、実務経験を求められることもあります。

資格さえ取れば何とかなる。

そう考えてしまうと、うまくいかなかったときに余計につらくなります。

もちろん、資格が役に立つ場面はあると思います。

再就職につながることもあるでしょう。
家計や法律、労務、不動産の知識が生活に役立つこともあります。
家族や周りの人にアドバイスできる場面もあるかもしれません。

でも、資格を「再就職のためだけの道具」と考えすぎると、少し危うい気がします。

再就職できれば、それは良いことです。

人の役に立てる場所が見つかれば、それも素晴らしいことです。

ただ、それを唯一の正解にしてしまうと、うまくいかなかったときに心まで折れやすくなります。

だから私は、定年退職後の資格学習は、再就職だけを目的にしなくてもいいと思っています。

それでも、定年退職後に学ぶ意味はある

資格があっても、再就職は簡単ではない。

これは現実です。

それでも、私は定年退職後に学ぶ意味は大きいと思っています。

なぜなら、学ぶことは再就職のためだけではないからです。

一日の中に、

「今日はこれをやった」

と言える時間をつくる。

頭を使う。
少し先の自分に向かって進んでいる感覚を持つ。
生活を雑にしない。
自分の中に、少しずつ何かを残していく。

これだけでも、学ぶ意味は十分にあります。

しかも、学ぶものは資格でなくてもいいと思います。

本でもいい。
新聞でもいい。
歴史でもいい。
健康のことでもいい。
家計の見直しでもいい。
パソコンでもいい。
地域の活動でもいい。

大事なのは、立派な肩書を増やすことではありません。

自分の中に、少しずつ何かが残っていく時間を持つこと。

そのうえで、資格が合う人には資格が向いています。

資格は目標が分かりやすい。
試験日がある。
教材がある。
合格という区切りがある。
形として残りやすい。

だから、生活に張りを作りやすいのです。

特に、定年退職後に何か始めたいけれど、何をすればいいか分からない人にとって、資格学習は一つのきっかけになると思います。

定年退職後に持っておきたい4つの柱

ここまで書いてきたように、定年退職後に大事なのは、生活を崩さないことだと思います。

そのために、私は次の4つの柱を持っておくといいのではないかと思っています。

難しいことではありません。

むしろ、かなり地味です。

でも、この地味なものが、生活を支えるのだと思います。

1つ目の柱:朝の時間を固定する

まず一番大きいのは、朝です。

起きる時間が決まっているだけで、一日はかなり変わります。

逆に、朝が崩れると、その日全体がぼやけやすくなります。

毎日きっちり同じ時間でなくてもいいと思います。

ただ、

朝はだいたいこの時間に起きる。
顔を洗う。
着替える。
カーテンを開ける。
外の空気を入れる。

これだけでも、生活はかなり崩れにくくなります。

定年退職後は、誰も起こしてくれません。

誰も出勤時間を決めてくれません。

だからこそ、自分で朝の型を作ることが大事なのだと思います。

2つ目の柱:外に出る理由を持つ

定年退職後は、意識しないと本当に外に出なくなると思います。

仕事があれば、嫌でも外に出ます。

でも退職後は、外に出る理由を自分で作らないといけません。

散歩でもいい。
買い物でもいい。
図書館でもいい。
喫茶店でもいい。
病院でもいい。
地域の集まりでもいい。

大事なのは、家の外に出る理由があることです。

外に出ると、歩きます。

人を見ます。
季節を感じます。
店員さんと一言話すこともあります。
街の変化にも気づきます。

それだけで、社会と切れていない感覚が戻ります。

これは、思っている以上に大事です。

3つ目の柱:人と話す機会をゼロにしない

仕事をしているときは、嫌でも会話があります。

あいさつ。
報告。
相談。
雑談。
確認。

それが良い会話ばかりだったとは限りません。

それでも、人と話す機会があること自体が、生活の張りになっていた部分はあると思います。

定年退職後は、その会話が一気に減ります。

家族以外と話さない日が続くと、気持ちはどうしても内側にこもりやすくなります。

長話でなくていいと思います。

近所の人とあいさつする。
店で一言話す。
友人にたまに電話する。
地域の活動に顔を出す。
ボランティアをする。

それだけでも違います。

人と少しでも接点を持つことは、生活の張りに直結します。

4つ目の柱:少しずつ積み上がるものを持つ

最後に、一番大事だと思うのがこれです。

少しずつ積み上がるものを持つこと。

読書でもいい。
資格でもいい。
家計管理でもいい。
運動でもいい。
家庭菜園でもいい。
日記でもいい。
パソコンの練習でもいい。

何でもいいと思います。

大事なのは、

昨日より少しだけ前に進んだ

と思えるものを生活の中に置くことです。

人は、自分がまだ進んでいると思えるだけで、かなり踏みとどまれます。

逆に、昨日と今日と明日が全部同じに感じ始めると、心は弱りやすい。

資格は、そのための一つの選択肢です。

資格だけが正解ではありません。

でも、何を始めればいいか分からない人にとって、資格は分かりやすい目標になります。

合格できれば自信になります。

もし合格までいかなくても、学んだ知識は残ります。

その意味で、定年退職後の資格学習は、再就職のためだけではなく、生活を整えるためにも役立つと思っています。

定年退職後に資格を選ぶなら、難しすぎないものからでいい

定年退職後に資格を考えるなら、いきなり難関資格を目指さなくてもいいと思います。

もちろん、本気で挑戦したい資格があるなら、それは素晴らしいことです。

でも、最初から難しすぎる資格を選ぶと、勉強そのものが苦しくなってしまうこともあります。

まずは、生活に役立ちやすい資格からでいいと思います。

たとえば、FP3級なら、年金、保険、税金、相続、資産運用など、お金に関する基本を学べます。

簿記3級なら、会社のお金の流れや会計の基本が分かります。

ITパスポートなら、パソコンや情報セキュリティ、会社の仕組みについて広く学べます。

宅建は少し重めですが、不動産や法律に興味がある人には面白い資格です。

大事なのは、資格の難易度や世間の評価だけで選ばないことです。

自分の生活に関係がある。
学んでいて少し面白い。
家族や周りの人にも役立ちそう。
毎日の張りになりそう。

そう思えるものから始めればいいと思います。

資格は、人生を一発逆転させる魔法ではありません。

でも、生活の中に小さな目標を作ってくれるものではあります。

そして定年退職後には、その小さな目標が思っている以上に大事になるのではないでしょうか。

おわりに

定年退職後に本当に怖いのは、お金が減ることだけではないと思います。

もちろん、お金の不安は大きいです。

でも、それと同じくらい怖いのは、生活の骨組みが少しずつ薄くなっていくことです。

朝起きる理由がなくなる。
外に出る理由がなくなる。
人と話す機会が減る。
何をしたのか分からない日が増える。

そういう静かな崩れ方は、派手ではありません。

だからこそ、自分でも気づきにくい。

定年退職後に必要なのは、立派な夢だけではないと思います。

大きな目標でなくてもいい。
すごい挑戦でなくてもいい。
人に自慢できるものでなくてもいい。

ただ、続くものがあること。

朝起きる理由があること。
外に出る理由があること。
人と少しでもつながること。
自分の中に、少しずつ積み上がるものがあること。

それが、定年後の暮らしを支えてくれるのだと思います。

資格は、その一つになりえます。

でも、資格だけが正解ではありません。

大事なのは、退職後の毎日を空白にしないこと。

生活を雑にしないこと。

そして、

自分はまだ少しずつ進める

と思える時間を持つことです。

定年退職後の暮らしを支えるのは、結局そういう小さな柱なのかもしれません。