はじめに

資格を取る意味はあるのか。

社会人になってから資格の勉強を始めようとすると、たぶん一度は考えると思います。

「今さら勉強して意味あるんかな」
「資格を取ったところで、仕事が急にできるようになるわけじゃない」
「結局、実務経験の方が大事なんじゃないか」

私も、そう思っていました。

資格を取ったからといって、急に仕事ができる人間になるわけではありません。

これは、最初に正直に書いておきたいです。

宅建に受かった日も、社労士に受かった日も、私は昨日までの自分とほとんど変わりませんでした。

急に話がうまくなるわけでもない。
急に判断力が上がるわけでもない。
急に職場で頼られる人間になるわけでもない。

それでも私は、資格を取る意味はあると思っています。

なぜなら、資格を取ると、まわりの見る目が少し変わるからです。

そして、それ以上に大きかったのは、
自分が自分を見る目も、少し変わったことでした。

この記事では、高卒で不器用だった私が、宅建や社労士などの資格を取って感じた「まわりの反応」と「自分自身の変化」について書いてみます。

資格を取ると、まわりの反応は少し変わる

資格を取ったからといって、人生が一気に変わるわけではありません。

でも、まわりの反応は少し変わります。

これは、きれいごとではなく、私自身が実際に感じたことです。

それまでの私は、特別に勉強ができるタイプではありませんでした。

高卒で会社に入り、働きながら日々の仕事をしていました。

もちろん仕事は真面目にやっていたつもりです。

でも、自分の中にはどこかで、

「会社の看板を外したら、自分に何が残るんやろう」

という不安がありました。

仕事で評価されることも大事です。
経験を積むことも大事です。
でも、それとは別に、自分の外に見える形で残るものが欲しかったのだと思います。

資格は、その一つでした。

合格したからといって、急に立派な人間になるわけではありません。

それでも、資格には分かりやすさがあります。

「この人は、そこまで勉強した人なんだ」

そう伝わる力があります。

これは、思っている以上に大きいです。

宅建に受かったとき、普通に褒めてもらえた

私は、働きながら宅建を取りました。

宅建は、不動産の資格として有名です。
正式には、宅地建物取引士という国家資格です。

資格に詳しくない人でも、名前くらいは聞いたことがある人が多い資格だと思います。

だからこそ、合格したときの反応も分かりやすかったです。

友達や会社の人が、普通に褒めてくれました。

「すごいやん」
「働きながら取ったん?」
「宅建って難しいんやろ?」

そう言われたとき、正直うれしかったです。

別に、褒められるためだけに勉強していたわけではありません。

でも、不器用な自分が、仕事以外のところで少し認めてもらえた気がしました。

それは、自分が思っていた以上に大きかったです。

私は、昔から要領よく何でもこなせるタイプではありませんでした。

活字を読むのも得意ではありません。
勉強も、最初からスラスラ進むタイプではありません。
何回も間違えて、ようやく少しずつ分かっていくタイプです。

だから、宅建に受かったときは、ただ資格が増えたというより、

「自分でも続けたら形になることがあるんやな」

と思えました。

この感覚は、今でもよく覚えています。

社労士に受かったときは、「会社辞めるん?」と言われた

社労士に受かったときは、宅建とはまた少し違う反応がありました。

資格のことを知っている人からは、

「社労士?会社辞めるん?」

みたいに言われることもありました。

もちろん、すぐに会社を辞めるつもりで取ったわけではありません。

でも、その言葉を聞いたとき、少し思いました。

資格には、他人から見たときの分かりやすさがある。

自分では何も変わっていないつもりでも、まわりから見ると、

「この人はそこまで勉強した人なんだ」
「この分野に関心がある人なんだ」
「何か次のことを考えている人なんだ」

と伝わる。

これは、資格の大きな力だと思います。

もちろん、資格だけで実務が完璧にできるわけではありません。

社労士に合格したからといって、次の日から人事労務の実務を全部こなせるわけではありません。

それでも、社労士という資格を取ったことで、自分の中にも、まわりの見方にも、少し変化がありました。

「人に関する仕事」
「働きやすい職場」
「労務や社会保険の知識」

そういうものに対して、自分の言葉で少し話せるようになった。

これは大きかったです。

資格を取っても、急に仕事ができるようになるわけではない

ここは、勘違いしたくないところです。

資格を取っただけで、仕事が急にできるようになるわけではありません。

宅建に受かったからといって、すぐに不動産実務が全部できるわけではありません。
社労士に受かったからといって、すぐに人事労務の現場で完璧に動けるわけでもありません。
簿記に受かったからといって、すぐに経理の仕事を全部理解できるわけでもありません。

資格は、実務経験そのものではありません。

ここを勘違いすると、少し危ないと思っています。

資格を持っていることと、現場で仕事ができることは、完全に同じではありません。

現場には、現場の難しさがあります。

人との調整。
会社ごとのルール。
実際の判断。
失敗できない場面。
教科書どおりにいかないこと。

そういうものは、資格の勉強だけでは身につきません。

だから、資格を取っただけで偉くなるわけではない。

これは本当にそう思います。

でも、だからといって、資格に意味がないわけではありません。

資格は、実務のすべてではない。
でも、実務を理解するための土台にはなる。

資格は、仕事そのものではない。
でも、自分が努力したことを見える形にしてくれる。

私は、そこに大きな意味があると思っています。

それでも資格には、努力を見える形にする力がある

仕事の頑張りは、見えにくいことがあります。

毎日まじめに働いていても、
ミスしないように気をつけていても、
人より時間をかけて準備していても、
それが全部まわりに伝わるとは限りません。

むしろ、真面目にやっている人ほど、目立たないこともあります。

大きな成果を出した人。
声が大きい人。
要領よく見せられる人。
上司にうまく伝えられる人。

そういう人の方が、評価されやすい場面もあると思います。

でも、資格は違います。

合格という形で残ります。
履歴書にも書けます。
プロフィールにも書けます。
初対面の人にも伝わります。

「この人は、少なくともそこまで勉強した人なんだ」

そう思ってもらえる。

この分かりやすさは、かなり大きいです。

特に、私のように自分をうまくアピールするのが得意ではない人間にとって、資格はありがたい存在でした。

口で自分を大きく見せなくてもいい。
自分からすごいと言わなくてもいい。
資格が、ある程度は代わりに説明してくれる。

これは、資格の現実的なメリットだと思います。

いちばん変わったのは、自分自身の見方だった

ただ、私にとって一番大きかったのは、まわりの反応よりも、自分自身の変化でした。

私は、もともと器用なタイプではありません。

勉強が得意だったわけでもありません。
活字を読むのも苦手でした。
要領よく何でもこなせるタイプでもありません。

だから、資格に受かったとき、少しだけ思えました。

自分でも、積み上げれば何とかなることがある。

これは大きかったです。

仕事で自信をなくすことがあっても、
思うように評価されないことがあっても、
人と比べて落ち込むことがあっても、
資格だけは、自分の中に残りました。

誰かに褒められなくても、自分だけは知っています。

あのとき勉強したこと。
仕事終わりに動画を見たこと。
休日に過去問を解いたこと。
何回も間違えて、それでも続けたこと。

そういう時間は、消えません。

資格証や合格通知は、紙としてはただの紙かもしれません。

でも、その後ろには、自分が積み上げた時間があります。

私にとっては、それが支えになりました。

資格は、自分を少し支えてくれるものでもある

資格というと、履歴書に書くためのもの。
転職で有利にするためのもの。
収入を上げるためのもの。

そう思われることが多いです。

もちろん、それも大事です。

資格を取るなら、仕事や収入につながるかどうかを考えるのは自然なことです。

でも、私にとって資格は、それだけではありませんでした。

自分を少し嫌いにならないためのもの。

そんな面もありました。

高卒であること。
仕事が特別できるタイプではないこと。
要領が悪いこと。
会社の看板を外したら、自分に何が残るのか不安だったこと。

そういう気持ちを、資格が少しだけ支えてくれました。

資格を取ったから、自信満々になったわけではありません。

でも、

「自分にも一つくらい積み上げたものがある」

と思えるようになった。

それだけでも、私には大きかったです。

人生を変えるというと、大げさに聞こえるかもしれません。

でも、自分を見る目が少し変わるだけで、毎日の感じ方は変わります。

「どうせ自分なんか」
と思う日があっても、

「いや、一応ここまではやってきた」

と思えるものがある。

それは、静かですが、かなり強い支えになります。

有名な資格は、やっぱり人に伝わりやすい

資格をいくつか取って感じたのは、有名な資格はやっぱり強いということです。

宅建。
社労士。
FP。
簿記。
ITパスポート。

こういう資格は、名前を聞いたことがある人が多いです。

だから、人にも伝わりやすいです。

「それ何の資格?」

から毎回説明しなくても、ある程度イメージしてもらえます。

これは、思っている以上に大事です。

もちろん、知名度が低くても良い資格はあります。

自分の仕事に直接役立つ資格。
専門性が深い資格。
一部の業界では高く評価される資格。

そういう資格にも価値はあります。

ただ、最初に資格を取るなら、ある程度知られている資格を選ぶのは現実的だと思います。

なぜなら、資格の効果を感じやすいからです。

人に伝わる。
履歴書に書きやすい。
自分でも説明しやすい。
勉強した意味を実感しやすい。

このあたりは、かなり大事です。

せっかく勉強するなら、自分の生活や仕事に役立つ資格。
そして、人にも伝わりやすい資格。

そういうものを選ぶと、資格を取る意味を感じやすいと思います。

資格だけで人生が変わるわけではない。でも意味はある

ここも正直に書いておきたいです。

資格を取っただけで、人生が一気に変わるわけではありません。

資格を取れば必ず転職できる。
資格を取れば必ず収入が上がる。
資格を取れば急に周りから尊敬される。

そんな単純な話ではありません。

資格は、あくまで一つの材料です。

でも、その材料があるかないかで、少し変わることはあります。

話のきっかけになる。
自分を説明しやすくなる。
履歴書に書ける。
勉強した証拠になる。
自分の中の支えになる。

この「少し」が、私はけっこう大事だと思っています。

人生は、一気に変わらなくてもいい。

少し見られ方が変わる。
少し自分に自信が持てる。
少し選択肢が増える。
少し前を向きやすくなる。

その積み重ねで、だいぶ楽になることがあります。

私は、資格を一発逆転の道具だとは思っていません。

でも、不器用な人間が自分を少し支えるための道具にはなると思っています。

少なくとも、私にとって資格はそういうものでした。

高卒で不器用な自分には、資格が分かりやすい支えになった

高卒であることを、必要以上に引け目に感じる必要はないと思います。

ただ、社会に出てから、学歴の差を感じる場面があるのも事実です。

大卒が前提のような空気。
学歴でなんとなく見られる感じ。
自分の経歴を説明するときの小さな引っかかり。

そういうものを、まったく感じなかったと言えば嘘になります。

だからこそ、私にとって資格は大きかったです。

学歴を消すためではありません。

高卒の自分を否定するためでもありません。

ただ、

「高卒やけど、自分なりに勉強してきたものはある」

そう思える材料になりました。

これは、きれいごとではなく、本当に支えになりました。

資格は、過去の経歴を全部変えてくれるものではありません。

でも、これから積み上げるものとしては、とても分かりやすいです。

年齢を重ねてからでも始められる。
働きながらでも少しずつ進められる。
合格すれば、形として残る。

この分かりやすさは、不器用な人間にとってかなりありがたいものです。

まとめ

資格を取る意味はあるのか。

私の答えは、

「人生が一気に変わるわけではないけれど、意味はある」

です。

資格を取ったからといって、急に仕事ができる人間になるわけではありません。

でも、資格を取ると、まわりの見る目は少し変わります。

宅建に受かったとき、普通に褒めてもらえた。
社労士に受かったとき、「会社辞めるん?」と言われた。

そのたびに、資格には人に伝わる力があるんだと思いました。

ただ、私にとって一番大きかったのは、まわりの反応よりも、自分自身の変化です。

自分でも、積み上げれば何とかなることがある。

そう思えたこと。

これが、資格を取って一番よかったことかもしれません。

資格は、自分を強く見せるためだけのものではありません。
自分を少し支えるためのものでもあります。

高卒で、不器用で、要領もよくなかった自分にとって、資格は本当に大きな支えでした。

だから私は、資格はすごいと思っています。

人生を一気に変えるものではない。
でも、まわりの見る目を少し変え、自分自身の見方も少し変えてくれる。

その「少し」が、思っている以上に大きいことがあります。